田舎ライフの魅力のひとつは、自然の中での自給自足生活です。私が移住した山口県では、自然豊かな環境の中で、鶏を育てて新鮮な卵を収穫する生活が始まりました。今回は、「卵から鶏を育てる!」という体験を通して、私の日々の挑戦と成長をシェアしたいと思います。
卵から鶏を育てるための準備

鶏を育てるために最初に行ったのは、孵化機(インキュベーター)の購入でした。鶏の卵はすべてが孵化できるわけではなく、有精卵でなければヒナにはなりません。そこで、インターネットを通じて信頼できる養鶏農家から有精卵を取り寄せ、家庭用の孵化機を使って孵化させることからスタートしました。
孵化機の管理は思った以上に繊細で、温度と湿度のコントロールが非常に重要です。適切な温度は約37℃〜38℃、湿度はおおよそ50%〜60%を保つ必要があります。特に温度は、少しの変化でも発育に影響を及ぼすため、温度計と湿度計を常にチェックし、設定をこまめに調整しています。
また、孵化機の設置場所にも細心の注意を払いました。直射日光が当たらず、気温が安定している部屋を選び、室温が20℃〜25℃に保たれるようにしています。湿度の高すぎる場所ではカビが発生しやすく、卵に悪影響を与える可能性があるため、換気にも気を配りました。
孵化の管理は簡単なものではなく、特に湿度の調整が手間です。加湿器や水のトレイを利用しながら、日々変化する室内環境に応じて対応しています。気を抜けばすぐに湿度が下がったり上がったりするので、毎朝と夜に必ずチェックするようにしています。こうした管理を怠ると、卵の中でうまく成長できず、最悪の場合は孵化に失敗してしまうこともあるため、非常に神経を使う作業です。
孵化開始から約10日が経過すると、いよいよ卵の中で命が育っている様子が目に見えてきます。この頃になると、部屋を暗くして卵に小さなライトを当てる「検卵」を行います。卵の中に血管のような赤い網目が見えてくれば、それが「順調に育っている証拠」です。特に心臓の鼓動がうっすらと確認できるようになると、とても感動的で、「ちゃんと命が宿っているんだな」と実感できます。
この瞬間は、毎日の管理の大変さが報われるときでもあり、大きな喜びを感じます。ここまでくれば、あとは孵化予定日(およそ21日目)まで、気を抜かず見守るだけ。しかし、気温や湿度の急な変化に注意しながら、卵を定期的に転卵(卵を回すこと)する作業も必要で、まだまだ気を緩めるわけにはいきません。
転卵とヒヨコの誕生

孵化機にセットした卵は、1時間おきに「転卵(てんらん)」、つまり卵を少しずつ回転させる作業が必要です。これは人間で言えば「寝返り」のようなもので、卵の中でヒヨコが均等に育つために欠かせないプロセスです。転卵を怠ってしまうと、胚が卵の内壁にくっついてしまい、発育が正常に進まなくなるおそれがあります。最悪の場合、ヒヨコがうまく成長できず、途中で成長が止まってしまうこともあるため、非常に大切な工程です。
私が使用している孵化機には、自動で転卵してくれる機能がついており、一定の時間ごとに卵を少しずつ回転させてくれるため、日中も夜間も安心して任せることができます。これは非常に便利で、仕事や外出の際にも心配が少なく、初心者でも安定した管理がしやすくなります。ただし、機械任せとはいえ、動作がきちんと行われているかは定期的に確認するようにしています。
一方、手動で転卵を行う場合は、最低でも1日4〜5回は向きを変える必要があるとされています。朝・昼・夕方・夜と、時間を決めて根気強く行うことが大切です。毎回、卵の向きをほんの少しだけ変える程度でよく、急に大きく回したり振動を与えたりするのは禁物です。とても繊細な作業なので、集中力と愛情が試される瞬間でもあります。
そして、孵化予定日の21日目が近づくと、いよいよ待ちに待った瞬間がやってきます。卵の中でヒヨコが殻を内側からつつき始め、最初は「ピッ、ピッ」と小さな鳴き声が聞こえてきます。この音を初めて聞いたときは、本当に感動しました。殻に小さなヒビが入り、やがてその隙間からヒヨコのくちばしや足が少しずつ見えてくる様子は、何度見ても生命の神秘を感じさせられます。
殻を破って出てくるまでには数時間から場合によっては丸一日ほどかかることもあり、その間も湿度と温度の管理を気を抜かずに続けなければなりません。途中で手を出して助けたくなってしまうこともありますが、自然に孵化できる力を持っているかどうかが、ヒヨコのその後の健康に大きく関わるため、できる限り見守ることが大切です。
孵化後、可愛らしい姿のヒヨコたちがピヨピヨと鳴きながら動き出す様子は、言葉にできないほどの喜びを与えてくれます。しかし、ここで新たな課題が出てきます。それは「雌雄の判別」です。
ヒヨコの性別を見分けるのは、専門の訓練を受けた“ヒヨコ鑑定士(初生雛鑑別師)”でなければ難しいと言われています。ヒヨコの雌雄は、将来的に産卵や飼育の目的によって重要な情報となるため、飼育方針に大きな影響を及ぼします。
素人でもある程度の判断材料はあります。例えば、オスは一般的に鶏冠が大きく、脚が太く、羽の形にも違いが出ることがあります。また、性格的にも活発で鳴き声がやや大きめだったりします。一方で、メスは少しおとなしく、羽の色や形がやや丸みを帯びている傾向があります。ただし、これらの特徴は確実とは言えず、完全に成長するまでは判断が難しいのが実情です。
そのため、どうしても正確に雌雄を知りたい場合には、鑑定士に依頼する方法も検討します。鑑定には費用がかかりますが、将来的に採卵を目的とする場合や、数が増えた際の飼育計画を立てる上ではとても有益です
鶏の飼育と日々の管理

鶏が健康に育っていくためには、食事や生活環境を整えることが何よりも重要です。私たちは、できるだけ自然に近い環境で鶏を育てたいと考え、朝から昼過ぎにかけて鶏たちを畑に放しています。この畑はもともと水田として使われていた耕作放棄地で、長年人の手が入っておらず、地面は固く、湿気も多い状態でした。
そこで、まずは水はけの改善と土壌の改良に着手しました。畝を切り、排水溝を整備し、徐々に乾きやすくなるよう工夫を加えたうえで、鶏たちを少しずつ放していきました。すると、鶏たちが地面を引っかき、歩き回ることで、自然と土が耕されていきます。加えて、鶏の排せつ物は非常に優れた天然の有機肥料になるため、特別な肥料を加えなくても、畑の土が日に日にふかふかと柔らかくなり、植物も元気に育つようになってきました。
このように、鶏の行動自体が土壌改良につながっていくというのは、まさに自然のサイクルを活かした育て方であり、私たちが目指す「共生型の飼育」のひとつの形でもあります。虫を探してつつきながら歩く鶏の姿や、日なたで羽を広げてくつろぐ姿を見ると、鶏にとってもこの環境が心地良いのだと実感できます。
ただし、放し飼いにはそれなりのリスクも伴います。自然の中で育てるということは、同時に外敵とも向き合うということ。特に日が暮れ始める夕方以降は、タヌキやイタチ、イノシシ、時には野良猫などの野生動物が鶏を狙ってやってくることがあります。鶏は視力が落ちる夕方以降になると動きが鈍くなり、身を守る力が弱まるため、暗くなる前にしっかり小屋へ戻すことが絶対条件です。
私たちも一度、帰宅が少し遅れてしまった日に、1羽が襲われてしまった経験があります。そのときはとても悔しく、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。それ以来、鶏の帰宅時間を「日没30分前」と決め、必ずそれまでに全羽を確認して小屋に入れるようにしています。呼び声をかけると「コッコッ」と鳴きながら集まってくる姿は可愛らしくもあり、しっかり覚えている賢さにも驚かされます。
夜間の対策としては、小屋の周囲に金網や電気柵を設置するほか、天井にもネットを張って、上からの侵入にも備えています。それでも、タヌキやイノシシが小屋の周囲をうろつくことは珍しくなく、鶏たちも何かを察知すると「クァックァッ」と低い声で警戒音を発します。その声が聞こえたときは、私も棒を片手に懐中電灯を持って外に出て、しばらく見回りをするようにしています。草むらをガサガサと動く気配があったり、土が掘り返されていたりすると、自然との共存の難しさと緊張感をあらためて感じます。
それでも、こうした日々の積み重ねがあってこそ、鶏がのびのびとした環境で健康に育ち、土壌も豊かになり、自然とのつながりが深まっていくのだと実感しています。人間がコントロールしきれない自然の中で、生き物と向き合うというのは想像以上に手間も気も遣いますが、その分、得られるものもとても大きいと感じています。
自家製卵の魅力と食べ方

自家製卵の一番の魅力は、やはりその新鮮さにあります。朝、鶏小屋に足を運ぶと、まだほんのり温かい卵が巣の中に並んでいて、採れたての卵を手にする瞬間は、何度経験しても嬉しさが込み上げてきます。この「今朝生まれた卵を今夜の食卓に並べられる」という贅沢は、自給自足ならではの特権であり、市販の卵ではなかなか味わえない新鮮さです。
さらに、自家製卵には安心と安全という大きな魅力もあります。鶏たちがどんな環境で育ち、何を食べているのかを自分の目で見て管理できるため、食の透明性が非常に高いのです。配合飼料の成分を確認しながら、野菜くずや米ぬかなど自然な副食も与えており、抗生物質や不要な添加物は一切使用していません。こうして健康に育った鶏が産んだ卵は、まさに「命の循環」から生まれた貴重な食材だと感じています。
そんな自家製卵を味わう上で、私が一番おすすめしたい食べ方は、やはりシンプルに「卵かけご飯(TKG)」です。炊きたてのご飯に、採れたての卵を割り落とし、ほんの少し醤油を垂らすだけ。新鮮な卵特有の弾力ある白身、濃厚でコクのある黄身がご飯と混ざり合う瞬間は、まさに至福のひとときです。余計な味付けを必要とせず、素材そのものの味わいをダイレクトに楽しめるのが、自家製卵ならではの醍醐味です。
この美味しさをもっと多くの人に味わってもらいたいという思いから、私は移住前に大阪で食品衛生責任者養成講習会を受講しました。これは、飲食店を開業するために必要な資格のひとつで、食品を扱う際の衛生知識や管理方法を学ぶものでした。都会での生活とはまったく異なる農的な暮らしの中でも、しっかりとした知識を身につけておきたいと考えたのです。
将来的には、雌鶏が十分に育ち、安定して卵が採れるようになったら、小さな「卵かけご飯屋」を開きたいと思っています。地元の新米と自家製卵、そして手作りの漬物や味噌汁を添えた、素朴ながらも滋味深い朝食を提供するお店。都会から訪れた人が、自然の中で静かに過ごしながら、身体に優しい食事を味わえるような場所にしたいと考えています。
食べることは、命をいただくこと。そして育てた命を、他の誰かの元気の源にできたら、それはとても意義のある営みです。鶏を育てるところから始まり、卵を通じて人とつながる。そんな未来を夢見ながら、日々の飼育と準備を一歩ずつ進めています。
鶏の糞を使った土壌改良とその効果

鶏を飼い始めてから、思わぬ副産物として重宝しているのが鶏糞(けいふん)です。毎日掃除をして集めた糞は、発酵・乾燥させたうえで畑に撒いています。もともとこの畑は、水田だった場所の耕作放棄地で、水はけが悪く、土が固くなってしまっていました。そのため、まずは鶏たちのふんを活かして、自然な形で土壌を育て直すというアプローチを選びました。
鶏の糞には、窒素・リン酸・カリウムといった植物にとって必要不可欠な栄養分が多く含まれています。市販の化学肥料と違い、土壌にじっくりと効いていく点も魅力で、時間はかかっても、生きた土づくりには理想的な素材です。現在はまだ野菜などの作物を植える段階には達していませんが、鶏の糞を定期的に撒いて、土の変化を少しずつ観察しています。
足で歩いたときの地面の感触や、雨が降った後の水の染み込み具合、乾き方などに少しずつ変化が見られるようになってきました。最初はぬかるみやすく、長靴が沈むような場所も多かったのですが、最近では表面の排水が少しずつ改善されてきた実感があります。まだ「作物が育つ土」と言えるほどではありませんが、見えないところで少しずつ力が蓄えられているような気がします。
今はまさに、土と向き合い、信じて待つ時間です。どれだけの時間で効果が現れるのか、どのくらいで野菜の根がしっかり張れるようになるのか――それはやってみなければわからないことばかりです。しかし、鶏の飼育と同じく、土づくりも日々の積み重ねの上にしか成り立たない営みだと思っています。
この先、春や秋に少しずつ野菜を植えてみて、実際に作物がどう育つのかを見ていくつもりです。最初はうまくいかないかもしれませんが、鶏と一緒に土を育てるという視点で、長いスパンで見守っていきたいと考えています。
将来的には、鶏の糞を使った自家製堆肥で育てた野菜を収穫し、それをまた鶏の餌の一部に還元していく…そんな循環型の暮らしが実現できたらと思っています。今はその第一歩。地面の下で進行している小さな変化にワクワクしながら、作物が芽吹くその日を楽しみにしています。
結論:自家製卵の育て方と楽しみ
「卵から鶏を育てる」というプロセスは、思っていた以上に大変でしたが、得られる喜びや成長は計り知れません。自分で育てた鶏から収穫した卵は、どこか特別な味がします。自然との共生、そして日々の努力が実を結ぶ瞬間が何よりも素晴らしい体験です。
これから田舎での生活を考えている方々にとって、このような体験は大きな学びとなるでしょう。自然の中で育てた卵を収穫し、それを使った料理を楽しむ生活は、日々の暮らしに豊かさを加えてくれます。田舎での新しい挑戦を始める方々にも、ぜひ参考にしていただければと思います。
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